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医療M&Aにおける株式譲渡と事業譲渡の賢い使い分け

📖 約 11 分

M&A
M&Aメディカル編集部
中小企業庁認定M&A支援機関
📅 公開: 2026年7月2日🎯 医療経営者向け📚 13分で読了

医療機関のM&Aを検討する際、スキームの選択は非常に重要です。特に「株式譲渡」と「事業譲渡」はM&Aの代表的な手法ですが、医療業界特有の事情が加わることで、その選択はより複雑になります。本記事では、医療法人の理事長やクリニックの院長、あるいは医療機関の買収を検討されている方々が、それぞれのメリット・デメリットや医療法人の類型、税務・法務上の論点を深く理解し、適切なM&A手法を選択できるよう、実務的な視点から解説します。

医療M&Aにおける株式譲渡と事業譲渡の基本理解

医療機関のM&Aでは、一般的な企業M&Aと同様に「株式譲渡」と「事業譲渡」が主な手法として検討されますが、医療法人の特性を理解することが不可欠です。まず、それぞれの基本的な概念と医療法人における位置づけを確認しましょう。

株式譲渡は、売手である株主が保有する株式を買手に譲渡し、経営権を移転する手法です。会社法人格は存続するため、原則として契約関係や許認可はそのまま引き継がれます。しかし、医療法人は非営利法人であり、株式会社のような「株式」は存在しません。そのため、医療M&Aにおける株式譲渡に相当する概念としては、主に「出資持分あり医療法人の出資持分譲渡」や、「持分なし医療法人における社員の交代」が挙げられます。これらは、実質的に医療法人の経営権を移転する手段となります。

一方、事業譲渡は、売手法人が保有する事業の一部または全部を、買手法人に個別に譲渡する手法です。資産(不動産、医療機器など)、負債、契約関係、従業員などを選択的に承継させることが可能です。この場合、売手法人自体は存続し、譲渡された事業のみが買手法人に移転します。医療機関の事業譲渡では、診療所や病院の施設、医療機器、患者データ、従業員との雇用契約などが譲渡の対象となります。この手法は、医療法人の種類に関わらず選択肢となり得ますが、個別の契約や許認可の再取得が必要となる点が特徴です。

ポイント:医療法人のM&Aでは、株式会社の「株式」に代わり、「出資持分」や「社員の地位」の移転が経営権承継の鍵となります。医療法人の類型により、これらの取り扱いが大きく異なります。

株式譲渡(出資持分譲渡・社員交代)のメリット・デメリットと医療法人での適用

医療M&Aにおける株式譲渡に相当する手法は、主に「出資持分あり医療法人の出資持分譲渡」と「持分なし医療法人の社員交代」です。それぞれのメリット・デメリットを詳しく見ていきましょう。

メリット

  • 手続きの簡便性: 個別の資産や契約を移転する手間が少なく、比較的短期間でM&Aを完了できる傾向にあります。
  • 包括承継: 法人格がそのまま存続するため、原則として雇用契約、患者との契約、取引先との契約、許認可(開設許可、保健医療機関指定など)も引き継がれます。これにより、診療を中断することなくスムーズな承継が期待できます。
  • 税務上の優遇(売手個人): 売手が個人株主(出資者)の場合、譲渡益に対する課税は申告分離課税となり、所得税・復興特別所得税・住民税を合わせて約20.315%の税率が適用されます。事業譲渡で法人に利益が出た場合の法人税率(約30%前後)と比較して、手取り額が多くなる可能性があります。

デメリット

  • 簿外債務・偶発債務のリスク承継: 法人格を丸ごと引き継ぐため、買手は表面化していない過去の債務やリスク(未払残業代、医療事故訴訟リスク、診療報酬の不正請求など)も承継することになります。
  • 医療法人の社員交代の複雑さ: 医療法人では、出資者(社員)の変更は社員総会での承認が必要であり、定款変更を伴う場合もあります。特に、持分なし医療法人における基金拠出者の地位は、出資持分あり医療法人の出資者とは性質が異なり、基金返還の問題が生じることがあります。
  • 出資持分あり医療法人の含み益問題: 過去に設立された出資持分あり医療法人では、出資持分評価額と簿価との間に大きな含み益が生じているケースが多く、社員が交代する際に贈与税や相続税の対象となるリスクがあります。
注意点:医療法人の社員交代は、単なる株主変更とは異なり、医療法上の手続きや、出資持分(基金)に関する税務上の検討が不可欠です。特に含み益の評価と対応は専門的な知見を要します。

事業譲渡のメリット・デメリットと医療法人での適用

医療機関の事業譲渡は、医療法人格は残しつつ、特定の事業(クリニックや病院の運営)のみを承継させる手法です。その特徴と、医療業界特有の論点を見ていきましょう。

メリット

  • 承継資産・負債の選択性: 買手は、譲り受ける資産や負債を個別に選択できるため、簿外債務や偶発債務のリスクを限定しやすいという大きなメリットがあります。不要な資産や、リスクの高い負債を引き継がずに済みます。
  • 事業の切り離し: 売手は、不採算部門や非中核事業を切り離し、残存事業に注力することができます。
  • 譲渡対価の使途の自由度(売手法人): 事業譲渡で得られた対価は売手法人に入り、その後の事業再編や解散費用などに充当できます。

デメリット

  • 手続きの複雑さ: 個々の資産(医療機器、不動産など)の移転登記、契約(患者、従業員、取引先)の再締結、許認可の再取得など、手続きが非常に煩雑で時間とコストがかかります。
  • 許認可の再取得: 医療機関の開設許可、保健医療機関指定、施設基準(地域医療支援病院、DPC病院など)は、原則として譲渡先法人で新たに申請し直す必要があります。これにより、一時的に診療が中断したり、既存の施設基準が維持できないリスクが生じることがあります。
  • 税務上の負担: 譲渡対象となる資産(建物、医療機器など)には消費税が課税されます。また、不動産を譲渡する場合には不動産取得税や登録免許税が発生します。売手法人には譲渡益に対して法人税等が課税されます。
  • 従業員の再雇用: 雇用契約は個別に承継されるため、従業員の同意を得て再雇用手続きを行う必要があります。
注意点:医療機関の事業譲渡では、許認可の再取得が最大のハードルとなることがあります。特に診療報酬改定のタイミングによっては、施設基準の再申請が間に合わず、診療報酬上の不利益を被る可能性も考慮が必要です。

医療法人類型別に見るM&A手法の選択ポイント

医療法人はその類型により、M&Aの手法選択に大きな違いが生じます。ここでは、主な医療法人類型ごとの選択ポイントを解説します。

出資持分あり医療法人

出資持分譲渡(実質的な株式譲渡)が主要な選択肢となります。しかし、前述の通り、出資持分評価額と簿価の差額に対する贈与税や相続税のリスクが常に存在します。このリスクを回避するため、あるいは売手側の税務メリットを考慮して、事業譲渡を選択するケースも少なくありません。事業譲渡であれば、法人格は存続し、清算時に残余財産を分配する際に含み益に対する課税が発生する可能性がありますが、譲渡時点での個人の税負担は回避できます。社員の交代は必須であり、買手側は承継後の経営体制を十分に検討する必要があります。

持分なし医療法人(基金拠出型含む)

持分なし医療法人には「出資持分」が存在しないため、株式譲渡に相当する「出資持分譲渡」はできません。M&Aの主な手法は、社員の交代(理事長を含む社員全員を交代させることで実質的な経営権を承継)または事業譲渡となります。

  • 社員交代: 理事長を含む全ての社員を交代させることで、法人の運営権を承継します。基金拠出型医療法人の場合、基金は返還義務を伴うものの、その返還には定款の定めや債務超過でないことなどの要件があり、実務上は困難を伴う場合があります。返還が難しい場合、贈与税の問題が生じる可能性も指摘されています。
  • 事業譲渡: 既存の医療法人は解散・清算し、新たな医療法人が事業を承継する形を取ることが一般的です。手続きは煩雑ですが、リスクの限定や、新たな法人で事業を再構築しやすいというメリットがあります。

特定医療法人・社会医療法人

これらの法人は、公益性が極めて高く、税制上の優遇措置を受ける代わりに、その運営には厳格な規制が課せられています。そのため、営利企業のような「株式譲渡」や「出資持分譲渡」は概念として存在せず、事業譲渡が唯一のM&A手法となります。事業譲渡においても、地域医療構想への適合性や、都道府県知事の承認など、非常に厳格な審査が伴います。

医療M&Aにおける税務と法務の注意点

M&Aスキームの選択は、税務と法務に大きな影響を与えます。特に医療業界では、専門的な法規制が多く、一般的なM&Aとは異なる注意が必要です。

税務上の注意点

  • 譲渡所得課税: 売手が個人の場合、株式譲渡(出資持分譲渡)益は分離課税で約20.315%の税率です。一方、事業譲渡で法人に利益が出た場合は、法人税等が課税され、実効税率は約30%前後となります。売手側の手取り額に大きな影響を与えるため、慎重な検討が必要です。
  • 消費税: 事業譲渡では、建物、医療機器、土地以外の営業権など、一部の譲渡資産に消費税が課税されます。株式譲渡(出資持分譲渡)は非課税です。買手側は消費税の負担を考慮する必要があります。
  • 不動産取得税・登録免許税: 事業譲渡で不動産を譲渡する場合、買手側に不動産取得税と登録免許税が発生します。
  • 事業税: 医療法人の事業譲渡益については、課税の対象となる場合があります。
  • 含み益課税(出資持分あり医療法人): 出資持分あり医療法人では、過去の収益の積み重ねにより出資持分に大きな含み益が生じているケースがあります。社員が交代(相続・贈与)する際に、この含み益に対して課税されるリスクがあります。

法務上の注意点

  • 許認可の再取得: 事業譲渡の場合、医療機関の開設許可、保健医療機関指定、施設基準などは買手側で新たに取得し直す必要があります。この手続きには時間と労力がかかり、診療の中断や診療報酬上の不利益につながる可能性があります。
  • 地域医療構想: 都道府県が策定する地域医療構想に基づき、病床機能の分化・連携が推進されています。M&A後の病床数変更や機能転換が、地域医療構想に合致しない場合、許認可が得られない可能性があります。
  • 医療法上の規制: 医療法人は非営利性が求められるため、社員の地位や基金の取り扱い、剰余金分配の禁止など、株式会社とは異なる厳格な規制があります。M&Aのプロセス全体で、医療法に準拠した手続きが求められます。
  • デューデリジェンスの重要性: 簿外債務、診療報酬請求の適正性、労務問題、医療事故リスク、ITシステムや個人情報保護の状況など、医療機関特有のリスクを詳細に調査するデューデリジェンス(DD)は不可欠です。

株式譲渡と事業譲渡の比較表と実務上の使い分け

ここまで見てきたメリット・デメリット、そして医療業界特有の論点を踏まえ、株式譲渡(出資持分譲渡・社員交代)と事業譲渡の主な違いを比較表でまとめ、実務上の使い分けのポイントを解説します。

項目 株式譲渡(出資持分譲渡・社員交代) 事業譲渡
対象 法人格全体(株主・社員の交代) 事業の一部または全部の資産・負債
法人格の存続 存続 売手法人は存続、買手法人が事業を承継
許認可の承継 原則として承継(一部届出変更) 原則として再取得が必要
契約関係の承継 包括的に承継 個別に再契約が必要
簿外債務リスク 原則として全て承継 選択的に承継可能(リスク限定的)
手続きの複雑さ 比較的簡便 複雑で時間とコストがかかる
税金(売手側) 個人譲渡益課税(約20.315%)
※含み益問題に注意
法人税等(約30%前後)
税金(買手側) 原則なし 消費税、不動産取得税、登録免許税など

実務上の使い分けのポイント:

  • 売手の税務メリットを重視する場合: 売手が個人で、出資持分あり医療法人であれば、株式譲渡(出資持分譲渡)が税率面で有利になるケースが多いです。ただし、含み益問題への対応は必須です。
  • 買手のリスク回避を重視する場合: 簿外債務や偶発債務のリスクを極力避けたい買手にとっては、事業譲渡が適しています。承継する資産・負債を選択できるため、リスクを限定できます。
  • 手続きの簡便性・迅速性を重視する場合: 許認可の再取得や契約の再締結に時間をかけられない場合は、株式譲渡(出資持分譲渡・社員交代)が有利です。ただし、医療法人の類型や状況によっては、事業譲渡の方がスムーズに進むこともあります。
  • 事業の再編・再構築を目的とする場合: 既存の医療法人を清算し、新たな法人で事業をスタートしたい場合や、一部の事業のみを売却したい場合は事業譲渡が適しています。

医療M&A成功のための専門家活用ステップ

医療M&Aは、一般的な企業M&Aに加えて医療法特有の複雑な論点が絡むため、専門家のサポートが不可欠です。ここでは、M&Aを成功に導くための専門家活用のステップをご紹介します。

  1. 1

    初期相談・戦略策定

    M&Aの目的(事業承継、規模拡大、事業再編など)を明確にし、売却・買収の希望条件や、どのスキームが最適かといった戦略を専門家と協議します。この段階で、医療法人の類型や財務状況を把握し、実現可能性を評価します。

  2. 2

    相手先探索・マッチング

    専門家は、豊富なネットワークを活かし、希望条件に合致する売手・買手候補を探索します。医療機関の特性や地域医療構想を考慮し、最適なマッチングを支援します。

  3. 3

    基本合意(LOI)の締結

    買手候補が見つかったら、譲渡対価の目安、スキーム、今後のスケジュールなど、主要な条件について基本合意書(LOI)を締結します。この段階で、独占交渉権や秘密保持義務などを定めます。

  4. 4

    デューデリジェンス(DD)

    買手側は、対象医療機関の財務、税務、法務、労務、医療法規の遵守状況、診療報酬請求の適正性、施設基準の維持状況など、詳細な調査を行います。特に医療M&Aでは、診療内容や患者データの取り扱い、医療機器の保守状況なども重要なチェックポイントです。

  5. 5

    最終契約の締結・クロージング

    DDの結果を踏まえ、最終的な譲渡対価、表明保証、遵守事項などを盛り込んだ最終契約書を締結します。その後、対価の決済や名義変更、許認可の申請など、最終的な手続き(クロージング)を行います。

重要:医療M&Aのデューデリジェンスは、一般的な企業M&A以上に専門的な知見が求められます。医療法や診療報酬制度に精通した弁護士、公認会計士、税理士の協力が不可欠です。

医療M&Aにおける株式譲渡と事業譲渡の選択は、貴院の状況や将来の展望によって最適な解が異なります。複雑な医療法規、税務、そして地域医療構想といった多岐にわたる要素を総合的に判断するには、専門的な知識と経験が不可欠です。M&Aメディカルでは、医療業界に特化した豊富な実績とノウハウを持つ専門家が、貴院の状況に合わせた最適なM&A戦略を立案し、成約まで一貫してサポートいたします。まずはお気軽にご相談ください。


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